ジャーナリスト安田純平さんにご講演頂きました

 4月9日(火)、ジャーナリストの安田純平さんを東大駒場キャンパスにお招きし、講演をして頂きました。内戦下のシリアで拘束されていた安田さんは、昨年(2018年)10月、40か月にわたる拘束から解放され帰国しました。日本では、待ってましたと言わんばかりの批判が巻き起こりました。ネット空間を中心に「無謀ではなかったか」「身代金は払われたのか?またいくらだったのか」といった次元の低い議論が繰り広げられました。一方で、紛争地に赴くジャーナリストがいなければ真実は明らかにならない、という真っ当な指摘も多くありました。TOSMOSでは、世界的に報道の自由が蔑ろにされる中、ジャーナリズムについて再考する意義は大きいと考え、紛争地という特に厳しい現場で活動されてきた方のお話を通じてジャーナリズムの意義を学生はじめとする多くの方々に考えてもらうために、本講演会を企画しました。
安田さんが講演されるということで、実施前から多くの反響がありました。SNSやイベントサイト等での事前の募集でも、多数の方が「参加」または「興味あり」を表明されました。当日は、開始時刻の30分以上前から会場前に長蛇の列ができました。東大生だけでなく、他大生や高校生にも多くお越し頂きました。さらに一般の方も含め、200名を大きく超える多数の方々が来場されました。

(開会数分前の会場)

 安田さんはまず、新聞社への在籍時代のお話をされました。9・11がジャーナリストととして大きな転機になったそうです。最初に、戦争直後のまだ安全であったアフガニスタンへ行かれました。その時は戦争後であり、戦争以前はどのようであったのかが分からなくなっていました。そこで、戦争の危機が迫っていたイラクに、戦争前の姿を知っておきたいということで渡航されました。独裁政権ならではの問題がありつつも、夜に子供が外で遊べるくらい安全だったそうです。それが戦争によって破壊され、多くの人々が苦しみに喘ぐことになりました。ご自身のご経験を踏まえて、イスラム国はアメリカの侵攻がなければ成立はあり得なかった、と指摘されました。イスラム国は誰が見ても当然悪いが、アメリカなどの大国が戦争をして、その結果として生まれた人々の苦しみを放置してきたのではないか、とも問題提起をされました。

 次に、シリアのお話に移られました。シリア内戦を取材するにあたり、シリアの反政府勢力の支配地域に入れる正規の国境はないので、安田さんはレバノンに行かれたそうです。そこで反政府運動をする人と知り合い、様々な情報を入手されました。そして、戦争は情報戦であることに気づかれました。というのは、攻撃対象を捕捉しなければ攻撃しても無意味だからです。子供や障害者を含めた一般人が、敵側から情報を取るスパイとして利用されやすいとのことです。子供が1人で拘束される場面にも立ち会われました。安田さんもスパイではないかという嫌疑を向けられ、多くのグループに取材を断られたそうです。その中で、一つのグループに取材許可をもらい、レバノンからシリアに入られました。夜こっそり入るのかと思いきや、朝早くに出発されたそうです。その理由は、案内人によると「警備兵が寝ているからだ」とのことで、会場の笑いを誘いました。安田さんは、シリアで撮影された映像も流しながら説明をされました。痛ましい病院での映像から、戦闘の最前線の映像もありました。安田さんは、前線に行かなければ本当のことは分からないので、必ず前線に行かれるとのことです。前線の取材の中で出会った反政府側の兵士が、政府軍の身分証を持っていました。政府軍に所属していたが、デモ隊への発砲を命じられ離反した、と語りました。しかし、そうは言っても戦争には資金が必要です。戦闘が長期化し、資金調達に喘ぐと、支援物資を横取りしたりする等ゴロツキ化する勢力も現れたそうです。その理由として、反政府勢力は自由シリア軍として一括りにされているが、実際には多数の組織に分かれており、補給経路も別々だということです。それゆえ資金調達に困りやすく、このような問題が生まれる背景になりました。その中で、ゴロツキ化した勢力を粛清していく勢力が現れました。その一つがあの有名はヌスラ戦線(現:シリア解放機構)だということです。イスラムという規範があることで軍紀がしっかりしており、また湾岸諸国から寄付金も集まりやすいので、大きな勢力になっていきました。そのような背景がありイスラム国もまた成立しました。彼らは、反政府運動よりも自身の勢力拡大を狙い、反政府勢力を背後から攻撃したりもしました。アサド政権はこれを、反政府勢力打倒の好機と見てイスラム国を放置し、反政府勢力に攻勢をかけました。それがイスラム国の勢力拡大の秘密だということです。安田さんは、反政府勢力がイスラム国から押収した内部資料を公開されました。そこには給与も記載されていました。

 続いて、シリアでの拘束へと話が移りました。紛争地ではNGOであっても拘束されることがあり、安田さんのお知り合いの方は何回も拘束されたそうです。そして、イラクで武器を持っていたイタリア人が処刑された話に触れられました。護衛をつけていくべきという指摘に対して、中途半端な武装はかえって危険な事態を招く、と指摘されました。イラクのように米軍の救援が期待できる場合もあるが、シリアでは考えられないそうです。安田さんはスパイ容疑で捕まったそうです。安田さんは、2004年にイラクでもスパイ容疑で拘束されましたが、スパイの嫌疑が晴れて解放されました。シリアではスパイでないことが判明しても、拘束した組織の中で身代金獲得の期待が生まれてしまい、それが拘束を長期化させました。当時はイスラム国に拘束された日本人が殺害されており、日本政府が要求に応じないことは目に見えていました。2004年の拘束の際にはスパイの嫌疑が晴れたことで解放されたのに、拘束していた組織が何も声明を出さないため、身代金を払ったのではないかという疑惑が生まれてしまったと指摘されました。事情を知らない日本メディアも、それに追随するような記事を掲載し、それが安田さんを拘束していた組織に、「相手によっては身代金を払うのではないか」という期待を持たせてしまったということです。人質解放交渉においては生存証明が絶対条件になります。そうでなければ、既に殺したのに身代金を支払ってしまったり、金目当てで近づいてきた無関係の人物や組織に身代金を払う恐れがあるからです。安田さんのご家族は、生存証明として安田さんご本人しか知らないご質問をされました。安田さんは、それを尋ねたテロリストに対し、家族へのメッセージを暗号として混ぜた、といったお話もされ、会場を沸かせました。最後に、拘束中はやりたいことが何もできない、食事も排泄さえも監視の中でしか行えない辛さについてお話をされました。その上で、やりたいことができる時間の貴重さを噛みしめたということです。そして、学生たちに向けて、やりたいことができる内にやったほうがいい、とエールを送って頂きました。さらに、個々人のやりたいことというのは、他人には往々にして理解できないものであるから、他人が理解できないことをやっていても見守ってくれるような豊かな社会であることを希望します、とお話を締めくくって頂きました。


 時間の都合で、質疑応答は1名のみとなりました。質問は、メディアリテラシーについて、情報収集をする上で何をチェックすればいいかというものでした。これに対して安田さんは、大手メディアの報道も重要だが、SNSでリアルタイムに流れる現地の情報を見ていくことも重要だと指摘されました。その上で、できるだけ多くの情報に触れることが大事だとまとめられました。

(安田さんに質問される来場者)

 来場者の方からはお帰りの際に、「紛争地取材に対する使命感に感動した」「ジャーナリストとして非常に誠実だと感じた」といった声が寄せられました。映画監督の旦雄二さんにもご来場頂き、ご自身のTwitterにてご感想を投稿して頂きました。

 今回は、大勢の方にお越し頂き、明日のジャーナリズムを考える上で、非常に有意義な講演会になったと思います。安田さんおよびご来場頂いた皆様、どうもありがとうございました。


●安田純平氏のプロフィール

 1974年埼玉県生まれ。ジャーナリスト。一橋大学社会学部卒業後、信濃毎日新聞に入社。在職中に休暇を取得してアフガニスタンやイラク等の取材を行う。2003年に退社、フリージャーナリストとして中東や東南アジア、東日本震災などを取材。2015年6月、シリア取材のためトルコ南部からシリア北西部のイドリブ県に入ったところで武装勢力に拘束され、40か月間シリア国内を転々としながら監禁され続け、2018年10月に解放される。著書に『誰が私を「人質」にしたのか』(PHP研究所)、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)、『シリア拘束 安田純平の40か月』(扶桑社)など。

TOSMOS(東京大学現代社会研究会)

TOSMOSとは―「現代社会リテラシー」を育む TOSMOSは、多くの情報が錯綜する現代社会において世間に流されず主体的に価値判断するためのリテラシーを育むことを目指すサークルです。そのために授業やゼミで学ぶ専門的学問内容の枠に収まらない、幅広い教養を身につける活動をしています。

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